塩川論説
公開:2026/09/02
なぜ不正は起きて、なぜ見過ごされるのか
企業の不祥事が公表されたあと、その原因についての説明はおおむね二つの型に収まる。一つは、特定の人物の資質に原因を求める説明である。規律意識の低い人物がいた、という語り方をとる。もう一つは、規程や体制の不備に原因を求める説明である。承認プロセスに穴があった、内部監査の人員が足りなかった、と続く。不正調査に携わる立場から見ると、どちらの説明も一定の範囲では当たっている。
ただし、その二つで原因が尽きるのであれば、同じ型の不正が業種を変えて繰り返されることの説明がつかない。実際には繰り返されている。
調査の場で当事者が語る理由は、たいてい平凡である。会社に迷惑をかけたくなかった。上司に失望されたくなかった。今ここで問題を大きくしたくなかった。そこにあるのは、その場を収めようとした判断の積み重ねである。
では、その積み重ねはどこで始まり、どこで止められなかったのか。
目次
不正は、正しいことをすると損をすると感じた瞬間に始まる
不正の発火点を、筆者は「正しいことをすると、組織内で不利益を受けると感じた瞬間」と捉えている。不正をしようと決めた瞬間より前に、この認知が先に生まれている。
その瞬間の現場には、達成困難な要求がいくつも同時に立っている。今期中に必達とされた利益目標、動かせない納期、下げられない品質基準。個々の要求はどれも正当な業務要請の形をしており、担当者はまず正攻法で全部を満たす解を探す。探し尽くしたところで、解が見つからないという状態だけが残る。組織のなかにいる人は、個人として単独で判断する場面であれば選ばないような処理を、この状態では選びうる1。
出発点にあるのは悪意ではなく、組織のなかで生き残るための自己保存であり、環境への適応である。不正に手を染めた当事者の多くは、自分が倫理の一線を越えたという自覚を、その時点では持っていない。守ろうとしていたのは自分の立場であり、部署の評価であり、取引先との関係である。
この適応は、部門をまたいで連鎖する。納期の遵守を迫る部門があり、作り直しを引き受けられない部門があり、その間で合否の判定を担う部門に負荷が集まる。品質でも会計でも、しわ寄せの終点は、最後に「これでよい」と言う役割を持つ人のところである。
この瞬間に当事者の前に現れる問いは、「この場をどう収めるか」という、ごく日常的な業務の問いの形をとる。だから当事者は、重大な決断をしているという感覚を持たないまま、最初の一歩を踏み出す。
「一回だけ」が、業務を回すための慣行に変わるまで
最初の逸脱は、たいてい小さい。今回だけ前倒しする。一時的に調整する。後で戻せばよい。実質的には問題がない。いずれも、口に出したときには本当にそのつもりで言っている。問題は、「後で戻す」の期限が誰の手帳にも書かれないところにある。戻すべき期は次の期になり、次の期には新しい要求が来ている。戻す作業に着手すれば、戻した先の期の数字が悪化する。だから、着手はますます遠のく。
同じ処理が二度、三度と繰り返されると、そこに手順ができる。誰がいつ何をするかが決まり、担当者が代わっても引き継がれる。この段階に入ると、当事者が毎回あらためて判断を下す必要がなくなる。判断が要らなくなった処理は、逸脱としての名前を失い、通常業務としての名前を持つ。
名前を持つ、というのは文字どおりの意味である。処理には社内固有の呼び名が付き、その呼び名で会議の議題が立ち、稟議が回るようになる。売上の前倒し計上が「先行販売」になり、期末の数字を良く見せる処理が「調整」や「着地」になる。調査報告書に現れる社内用語や隠語を分析した研究では、問題行為がこうした言い換えに置き換わることで、当事者の不正の意識が薄まっていくと指摘されている2。
そこに、正当化の言葉が加わる。他部署もやっている。前任者もやっていた。昔からこうだった。同調と責任の分散が働き、一人ひとりが感じる負担は薄まる。全員が少しずつ関与している状態は、誰も全体を引き受けていない状態と同じである。
この段階で処理を止めようとする人は、孤立する。指摘の対象は、目の前の一件だけに留まらない。同じやり方で処理された過去の案件、それを承認した上司、前任者の仕事、部署が積み上げた実績、顧客に対して重ねてきた説明が、すべて同時に問い直される。正しさを主張する行為が、同僚の過去を否定する行為として受け取られる。
そして、ある時点で損得が反転する。処理を止めれば、過年度の修正、顧客への説明、行政への報告、社内処分、取引先との再交渉が一斉に顕在化する。続けている限り、そのどれも起きない。当事者の目に映るのは、続けるリスクよりやめるリスクが大きい状態である。
違和感は、なぜ集団で放置されるのか
不正が発覚した後に関係者へ聞き取りをすると、違和感を持っていた人は、筆者の経験ではほぼ必ず見つかる。経理が伝票の相手先に引っかかっていた。品質保証が検査値の分布を不自然に思っていた。内部監査が説明の歯切れの悪さを覚えていた。それでも処理は通っている。通り方には型がある。怪しいと思いながら受け入れる。詳細を聞かない。違和感を深掘りしない。どれも、判断を下した記憶が本人に残らないほど静かに起きる。
判断の保留が生まれる条件は、制度の側から三つに分けて説明できる。第一に、牽制側に止める権限が明示されていない。稟議に異議を述べる欄はあっても、異議を述べた後に案件を停止させる手続きまでは書かれていない。第二に、コストの負担者がずれている。止めた場合のコストは、その場で止めた牽制側の担当者が引き受ける。事業部門との関係が悪化し、非協力的だという評価が残る。止めなかった場合のコストは、数年後の誰かが引き受ける。第三に、牽制機能の実効性が担当者個人に依存する。組織図の上で独立性が確保されていても、運用が属人的であれば、止める力は人が代わるたびに変動する。
同じ構図は、機関設計の側にもある。監査役等が違和感を持ちながら発言を控える力学については、以前監査役等の「沈黙」はなぜ起きるのかで論じた。
同じ型は、ある企業が上場をめざす局面にも現れる。主幹事証券、監査法人、弁護士、投資家、取引所の審査部門が並んで関与し、それぞれが専門家として資料を読む。入金の記録があり、契約書があり、稟議の承認も取れている。実態への疑いは、書類のつじつまが合っているほど薄れていく。加えて、隣に別の専門家が並んでいれば、自分が踏み込まなくても誰かが見ていると考えやすくなる。成長の物語を前にすると、人は期待の側に寄りやすい。案件を前へ進めたい誘因も、関係者の広い範囲に存在する。
「クロとは言い切れない」という慎重さは、それぞれの持ち場では正しい判断として選ばれている。慎重さが並んだ結果として、全体では誰も止めなかったという事実だけが残る。個人の怠慢を探しても、この結果の説明はつかない。
社内の牽制部門と社外のゲートキーパーは、置かれた位置も権限もまったく違う。それでも、同じ設計の欠落が両側にある。違和感を持った人から、それを扱う意思決定へつながる経路が引かれていない、という欠落である。違和感は個人の頭のなかに留まり、誰の議事録にも残らないまま消える。
「シロと説明できない」を、止める理由にできるか
違和感を意思決定につなぐには、どちらが説明する側に立つかを入れ替える必要がある。クロと断定できないから進めるのではなく、シロと合理的に説明できないなら止める。
向きを入れ替えると、実務は具体的に変わる。誰が何に違和感を持ったかを、正式な審査論点として議事に残す。説明の責任は、止めたい側から進めたい側へ移る。書類の整合が取れた時点でいったん手を止め、その書類が指している実態を見にいく。関係者が並んでいるという事実は、安心の根拠から外す。
止める役割を個人の勇気に委ねない設計も要る。重要な判断の場に、反対意見を述べる役割をあらかじめ割り当てておく。牽制部門に、案件を停止させる権限を規程の水準で明示する。上位者の指示であっても案件を止められる報告経路を、通常のラインとは別に用意する。これが、英雄に頼らない仕組みである。
同時に、発火点の側にも手を入れる。例外処理を正式な手続きに乗せ、理由と責任者と承認者と戻し期限を記録に残す。同じ例外が二度出たら、担当者の裁量の問題として処理せず、業務プロセスの設計課題として扱う。早い段階で問題を上げた人と、案件を止めた人が、評価の場で不利にならない仕組みを整える。正直に言うと損をする構造を消すことが、最上流の対策である。
そして、通報の手前に、違和感を受け止める入口が要る。通報の窓口に持ち込む以上、当人は「これは不正だ」と申し立てる形を取らざるを得ない。発火点の近くにいる人が抱えているのは、この処理は大丈夫かという迷いである。内部通報制度は”ある”だけでは不十分で述べたとおり、窓口の存在と、そこに声が届くこととの間には距離がある。
沈黙しなくて済む組織という設計目標
違和感、沈黙、一回だけの例外処理、社内固有の呼び名、慣行化、隠蔽、そして破綻。振り返れば一本の線として描ける道筋を、渦中の当事者は毎回、目の前の業務判断として通過している。
だから設計目標は、人の倫理観を高めることの手前にある。正しくあり続けるためのコストを下げること、言い換えれば、普通の人が沈黙しなくて済む組織を作ることである。
あなたの会社で、最初に違和感を口にする人は、役職も社内の発言力も持たない位置にいる。その一言が孤立せずに次の判断へ渡っていくなら、制度は声を上げた人の背中を支える側に立っている。
不正を早く見つける力を上げることには、限界がある。それでも、最初の違和感が誰かに届くまでの距離は、設計しだいで縮められる。発覚を待つ体制から、最初の違和感が孤立しない体制へ。何も起きていない状態を保つための仕組みは、そこから設計できる。
- 齋藤 寛「組織的な企業不正発生における人の心理 ―社会心理学の視点から―」日本ガバナンス研究学会 学会誌『内部統制』No.18(2026年)。
- 齋藤 寛「企業の組織的不正に関する行動倫理学による分析 ― 企業不正に係る社内用語や隠語(婉曲表現)による心理的影響 ―」日本ガバナンス研究学会 学会誌『内部統制』No.15、110–117頁(2023年)。