2026/03/03

コラム

内部通報制度は“ある”だけでは不十分:「沈黙」を防ぐための制度設計

内部通報制度は“ある”だけでは不十分:「沈黙」を防ぐための制度設計

塩川 晃平 塩川 晃平

「まさか自分が」──理論と現実の乖離

筆者はこれまで、公認会計士として、そして不正調査(フォレンジック)の専門家として、数多くの企業不正の調査に従事してきた。財務諸表を精査し、不正の兆候(レッドフラグ)を見つけ出し、事実を明らかにする。それが職責であり、専門家としての誇りでもあった。

「不正を発見したら、報告するのは当然の義務だ」

かつてはそう疑いもしなかった。企業倫理の研修や教科書で語られるように、不正を発見した人間は正義感を持って声を上げるものだと、理屈の上では信じていたのである。

しかし、その確信は、ある企業で自身が「当事者」になった瞬間に揺らいだ。

入社してわずか数日。違和感はすぐに確信へと変わった。異常な利益率、実態のない取引先、そして経営陣の不自然な言動。目の前にあったのは、あまりに典型的な粉飾決算の証拠だった。本来であれば即座に声を上げるべき場面だ。しかし、その時、頭の中を占めていたのは「正義」ではなかった。判断を鈍らせたのは、自身のキャリアや生活に対する切実な「恐怖」だった。

「通報が来ない」本当の理由

多くの企業の内部通報担当者は、「窓口さえ設置すれば、社員は通報してくれる」と考えがちだ。あるいは「通報がないのは、我が社には問題がないからだ」と楽観視したり、「社員のコンプライアンス意識が低いからだ」と結論づけてしまうこともあるだろう。

しかし、実態は異なる。

いざ不正を目の前にした時、通報者となり得る人間が最初に天秤にかけるのは、「企業の正義」や「社会的な倫理」ではない。もっと現実的で、切実な「自分と家族の安全」である。

当時の筆者には、購入したばかりの自宅のローンがあった。家には1歳になったばかりの双子の子供がいて、妻は時短勤務で家計を支えていた。告発によって会社が倒産すれば、職を失う。「告発者」というレッテルを貼られれば、再就職も危うくなる。逆恨みによる家族への危険も脳裏をよぎる。

そんな「最悪のシナリオ」を想像する中で、「会社のために正しさを貫こう」という論理はあまりに無力だ。専門家としての倫理観を持っていた筆者でさえ、天秤は圧倒的に「沈黙(安全)」の方へと傾いていた。一般の従業員であればなおさら、生活基盤を賭けたリスクの高い決断となる。制度設計者はまず、通報者がこの極めて厳しい状況に置かれているという現実を直視する必要がある。

プロでさえ陥る「正当化」の魔力

ここで着目すべきは、人間の防衛本能による心理的バイアスだ。人は強烈なプレッシャーや恐怖に晒されると、無意識のうちに「行動しない理由」を探し始める。不正のトライアングル理論で言うところの「正当化(Rationalization)」である。

筆者は当時、99.9%「クロ」である証拠を目の前にしながら、心の中でこのような思考を巡らせていた。

「いや、これは単なる思い違いで、本当は正当な取引なのかもしれない」

「業界特有の商慣習で、自分が知らないだけかもしれない」

「まだ入社したばかりの自分が騒ぎ立てるのは時期尚早ではないか」

専門家でさえ、不正の証拠を集めるのではなく、「どうにかしてこの取引が正常である証拠はないだろうか?」と、必死になって探してしまう心理状態に陥る。「見なかったことにしたい」「関わりたくない」という心理は、目の前の「異常」を「正常」だと認識を歪めてしまうほどの力を持っているのだ。

通報が来ない企業で起きているのは、これと同じ現象ではないだろうか。社員たちは不正に気づいていないのではない。「気づきたくない」のである。そして、「まだ確証はない」「部長も知っているはずだ」と、自分自身を説得し、沈黙を正当化してしまう。通報窓口がただ「設置されている」だけでは、この強力なバイアスを打破することはできない。

「1クリック」を阻む導線設計の不備

「恐怖」と「正当化」の心理的葛藤の中で、筆者が最初にとった行動は、社内の規定や法律を調べることだった。

これは非常に重要なポイントだ。多くの従業員は、平時の業務の中で就業規則や公益通報者保護法を熟読することはない。「いざ、自分が当事者になった時」に初めて、真剣にその存在を探し、読もうとする。

その時、筆者は必死になって社内イントラネットを検索し、公益通報者保護法を読み込んだ。「自分が保護される条件は何なのか?」「どこへ通報すれば、報復を受けずに済むのか?」を確認するためだ。もしこの時、規定が深階層に埋もれていて見つけられなかったり、難解な法律用語ばかりで「守られるイメージ」が湧かなかったりすれば、その時点で心は折れ、「やはり通報はやめておこう」という結論に至っていただろう。

危機に直面し、視野が狭くなっている通報者にとって、「探せない」「読めない」は「存在しない」に等しい。運用担当者は、自社のイントラネットを「検索性」と「言語化(わかりやすさ)」の観点から再点検すべきだ。

機能しない「縦」のラインと、近寄りがたい「斜め」のライン

次に直面するのは、「誰に言うか」という選択肢の欠如だ。経営陣や直属の上司が不正に関与している場合、組織の指揮命令系統である「縦のライン」は完全に機能不全に陥る。

今振り返って強く思うのは、「利害関係のない社外役員(社外取締役・社外監査役)へのホットラインがあればよかった」という後悔だ。社内のしがらみがない「外部の目」であり、かつ経営を監督する権限を持つ「社外役員」。この「斜めの関係」こそが、縦のラインが腐敗した時の最後の命綱となり得る。

しかし、ここにも心理的な「UI(ユーザーインターフェース)」の壁が存在する。

多くの企業のホームページでよく見かける光景だが、社外役員の紹介ページには、立派なスーツを着て、威厳のある表情を浮かべた「権威」そのものの姿が並んでいる。一介の社員から見て、その写真はあまりに「近寄りがたい」。「こんな立派な先生に直接メールを送っていいのか」「事務局に検閲されるのではないか」という心理的ハードルが、指を止めさせるのだ。

もし社外役員へのホットラインを設置するならば、単にメールアドレスを記載するだけでは不十分だ。「どんな小さな違和感でも教えてほしい」という役員自身のメッセージ動画や、人となりが伝わる発信を通じて、「この人なら話を聞いてくれそうだ」と思わせる「顔の見える」運用が不可欠となる。

証拠は「3回目」に出る──信頼構築のプロセス

「通報窓口に連絡が来たが、内容が曖昧で調査しようがない」。企業のコンプライアンス担当者から、このような嘆きを耳にすることがある。しかし、元当事者の視点から言えば、それは「通報者が窓口を試している段階」である可能性が高い。

通報者は、最初の接触で「爆弾(決定的な証拠)」を投下することはまずない。相手が本当に信頼できるのか、自分の身を守ってくれる能力があるのか確信が持てないからだ。「まずは軽いジャブを打って、相手の反応を見よう」。その時の対応が事務的であれば、通報者は証拠をポケットにしまったまま姿を消す。

筆者自身の体験を挙げよう。最終的に証券取引等監視委員会(SESC)へ通報した際、相手は「正義の番人」であり、調査のプロフェッショナルであった。しかし、それでも初回の面談で「決定的な証拠」を提出することはしなかった。手元に証拠はあったが、「万が一漏れたら」「本当にやり切ってくれるのか」という疑念から、本能的に警戒心を解くことができなかったのだ。

全ての証拠を提示したのは、ヒアリングが3回目を迎えた時だった。

決め手となったのは、時間の経過による安心感に加え、担当官の「熱意」である。事務的に調書を取るのではなく、粘り強く話を聞き、「この事案は絶対に許せない」という職業人としての強い意志が伝わってきた。「この人たちなら託せる」と思えた瞬間、初めて「安全」のガードを下げることができたのだ。

企業の通報窓口も同様だ。「規定に基づき調査します」という無機質な対応では、通報者の心は開かない。マニュアルを超え、「あなたの勇気を無駄にはしない」という担当者の体温のある言葉だけが、恐怖を乗り越えさせる鍵となる。

制度を「お飾り」にしないための覚悟

どれほど使いやすい窓口を作り、熱意ある担当者を置いても、それら全てを無にする要因が一つある。それは、経営トップの「インテグリティ(高潔さ)」の欠如だ。

経営陣が「数字のためなら多少の無理は許される」という空気を醸成している場合、内部通報制度は完全に無力化する。制度そのものが経営陣のアリバイ作りに利用される「お飾り」に成り下がるからだ。

本当に機能する制度を持つ企業のトップは、「不祥事を起こすことよりも、それを隠すことの方が罪深い」「悪い報告ほど早く耳に入れろ」と語り、その姿勢(Tone at the Top)を現場に浸透させている。実務担当者にとっても、通報内容が役員に及ぶ場合に怯まず調査できるだけの「独立性」と「権限」が与えられているかが、制度の実効性を左右する。

おわりに:制度は「保険」ではなく「センサー」である

かつて筆者は、内部通報制度を「何かあった時のための保険」のように捉えていた。しかし、当事者としての経験を経た今、その認識は変わった。内部通報制度とは、組織が壊滅的な破綻を迎える前に、煙を感知して警報を鳴らす「高感度なセンサー」である。

センサーが鳴らない(通報がない)状態を「平和だ」と喜んではいけない。それは、火が回っているのに警報機が電池切れを起こしているだけかもしれないのだ。

沈黙は、安全ではない。沈黙こそが、最大のリスクである。

最後に、自社の「センサー」が正常に作動しているか、改めて点検するためのリストを記す。これらは、筆者が「あの時、これがあれば」と悔やんだ要素そのものである。

  1. アクセス性: 社員は、危機的状況下でも迷わず窓口に辿り着けるか?(検索性・視認性)
  2. 多様性: 「社外役員への直通ルート」など、縦のラインが腐敗した時の「斜めの逃げ道」は確保されているか?
  3. 心理的安全性: 担当者や社外役員の「顔」や「人となり」は見えているか? 「事務的な処理」ではなく「熱意ある対応」が約束されているか?
  4. 透明性: 通報後のプロセス(誰が見て、どう守るか)は、ブラックボックス化せずに可視化されているか?

このリストの一つひとつを埋めていく作業は、地味で根気のいるものだ。しかし、その一つひとつが、いつか必ず、勇気を振り絞って声を上げようとする誰かの背中を支え、そして会社そのものを救う命綱になると信じている。

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