2025/07/14

解説

デジタルフォレンジックとAIメールレビューによるプロアクティブな不正予防

デジタルフォレンジックとAIメールレビューによるプロアクティブな不正予防

リモートワークが増え、働き方が根底から変わった現代。オフィスという物理的な空間での「目」が届かなくなり、従業員一人ひとりの業務実態が見えにくくなったことで、コミュニケーションの形も大きく変化しました。これまで有効に機能していたはずの内部統制や相互牽制が、知らず知らずのうちに形骸化しているのではないか。「見えない場所」で、もし重大な情報漏洩や不正の芽が育っていたとしたら…。その漠然とした不安の正体は、見えない場所で静かに進行する不正リスクそのものです。放置すれば、やがて取り返しのつかない事態を招くことになりかねません。

この記事では、そうした現代特有のリスクに対し、不正調査の最前線で用いられる「デジタルフォレンジック」という手法について解説します。そして、事が起きてから慌てるのではなく、平時からいかにリスクの芽を摘み、会社と従業員を守るべきか、その具体的な方策を明らかにします。

デジタルフォレンジックとは

「デジタルフォレンジック」という言葉に、あまり馴染みがない方もいらっしゃるかもしれません。これは、不正や情報漏洩といった問題が発生した際に、PCやスマートフォン、サーバーなどの電子機器に残された記録(デジタルデータ)を収集・分析し、法的な証拠性を明らかにするための一連の科学的な調査手法を指します。日本では「デジタル鑑識」とも呼ばれ、警察の捜査や裁判でも用いられる正式な手法です。

デジタルフォレンジックの「フォレンジック」とは、「法的に有効な」という意味です。つまり、この手法で得られる証拠は、法廷で通用する客観性と信頼性を持つことが条件となります。調査の目的は、単にデータを集めることではなく、削除・隠蔽されたデータさえも復元・分析し、「誰が、いつ、何をしたのか」という不正の核心を、動かぬ証拠として再構築することにあるのです。

デジタルフォレンジックの歴史

デジタルフォレンジックの歴史は、コンピュータ犯罪の歴史そのものです。1980年代にコンピュータ犯罪を取り締まる法律が整備され始めると、FBIなどの法執行機関に専門チームが誕生しました。当初は一部の専門家による手探りの調査でしたが、1990年代以降のインターネットの爆発的な普及に伴い、サイバー犯罪が急増。より高度で体系的な調査手法と専門ツールが開発され、「デジタルフォレンジック」という分野が確立されていきました。

日本でも2000年代から専門企業の設立や専門家コミュニティの発足が相次ぎ、その重要性が広く認知されるようになります。特に、世間を大きく騒がせた公文書の改ざん事件や、企業のデータ偽装問題などで、削除されたはずのデータが復元され、改ざんの事実が明らかにされたことは多くの人の記憶に残っており、デジタルフォレンジック技術の有効性を社会に強く印象づけました。

例えば、森友学園問題を巡る財務省の決裁文書改ざん事件では、担当者のPCから削除された改ざん前のファイルが復元され、組織的な不正の動かぬ証拠となりました*1。また、大手製造業で相次いで発覚した品質検査データの偽装問題においても、デジタルフォレンジック調査によって長年にわたるデータ改ざんの実態が明らかにされています。

現在では、検察庁にも専門部署が置かれるなど、社会インフラとして不可欠な技術となっています。

*1 森友学園案件に係る決裁文書の改ざん等に関する調査報告書(平成30年6月4日)

不正調査における使われ方

では、実際の企業活動において、デジタルフォレンジックはどのように活用されているのでしょうか。かつての不正調査は、帳簿や契約書といった「紙」の証拠が中心でした。しかし、ビジネスのあらゆる情報がデジタル化された現代では、不正行為の痕跡もまた、その多くがPCやサーバー、スマートフォンの中にデジタルデータとして残されています。そのため、デジタルフォレンジックの活用範囲は、サイバー攻撃のような特殊な事案だけでなく、日常業務に潜む様々なリスクへと広がっており、私たちが想像する以上に広範です。

情報漏洩・知的財産窃盗

退職する従業員が、顧客リストや技術情報といった会社の機密情報を私物のUSBメモリやクラウドストレージにコピーしていないか、PCの操作履歴から調査します。

不正会計・横領

会計システムのデータや関係者のメールを分析し、架空取引や経費の不正請求といった金銭的な不正行為の証拠を掴みます。

ハラスメント・労働問題

パワハラやセクハラが疑われる事案で、社内メールやチャットのやり取りを調査し、客観的な事実関係を明らかにします。また、PCのログイン・ログアウト時刻から、サービス残業などの実態を把握することも可能です。

談合・カルテル

競合他社の担当者との不適切なメールのやり取りなどを発見し、独占禁止法違反の証拠とします。

これらの事例が示すように、調査対象はもはや「機械」ではなく、機械を通じて行われた人間の行動そのものです。PCやスマートフォンに残されたデジタルの足跡は、意図せずして残された極めて詳細な「業務日誌」であり、不正や不祥事の真相を解明するための最も客観的な証拠となり得るのです。

メールレビューの重要性

数あるデジタルデータの中でも、不正調査において最も重要な証拠源となるのが「電子メール」です。なぜなら、メールは日々の業務連絡、意思決定、交渉、そして時には不正の相談や隠蔽工作の指示など、ビジネスにおけるあらゆるコミュニケーションの中心にあるからです。

不正調査におけるメールレビューは、単にキーワードで検索するだけではありません。法的に有効な証拠とするため、厳密な手順に則って行われます。

証拠保全

まず、調査対象者のメールデータが改ざん・破壊されないよう、原本から完全に同一な複製(物理コピー)を作成します。この際、データが一切変更されないように「書き込み防止装置」を用いるなど、細心の注意が払われます。従業員が不正に気づいてメールを削除しても、この保全段階でデータの痕跡は確保されています。

データ収集・復元

メールサーバーや個人のPCから関連データを収集します。ここで重要なのは、不正を行った当事者がゴミ箱を空にしたり、専門のツールでデータを消去したりしようと試みても、多くの場合、デジタルフォレンジックの技術で復元が可能であるという点です。証拠隠滅の試み自体が、かえって不正の意図を強く示す証拠となることさえあります。

解析・分析

収集・復元された膨大なメールの中から、不正に関連するやり取りを特定していきます。しかし、ここに大きな壁が立ちはだかります。調査対象となるメールは、数万、数十万件に及ぶことも珍しくありません。これらを人間の目で一つひとつ確認していく作業は、膨大な時間と数千万円単位にもなりうる高額なコストを要し、見落としのリスクも常に付きまといます。

この膨大なデータの中から、いかに効率的かつ正確に真実を見つけ出すかという課題が、メールレビューにおける最大のボトルネックでした。そして、この課題を解決するものとして、AI技術が大きな注目を集めています。AIを活用することで、人間がレビューすべき重要なメールを劇的に絞り込み、調査の大幅な効率化とコスト削減、精度向上が可能になるのです。

不正は「検知」から「予見」へ。平時のメールレビューがもたらすパラダイムシフト

これまでの話は、主に不正が「発覚した後」の調査、いわば有事対応としてのデジタルフォレンジックでした。しかし、近年のコンプライアンスにおける最も重要なトレンドは、この考え方を180度転換させるものです。それは、「平時」からのモニタリングによって不正が大きな問題に発展するのを防ぐという、「予防的フォレンジックのアプローチです。中でも、コミュニケーションデータを分析して不正の「兆候」をいち早く検知することが、極めて有効な手段となります。

なぜ今、平時からのモニタリングが重要なのでしょうか。

不正の早期発見と被害の極小化

多くの不正は、ある日突然起こるわけではありません。最初は小さな気の緩みや出来心から始まり、徐々にエスカレートしていきます。平時からメールなどのやり取りをモニタリングすることで、「取引先との過剰な接待を示唆する会話」「個人アドレスへの頻繁なファイル転送」「隠語を使った不審なやり取り」といった不正の予兆を早期に捉えることができます。問題が大きくなる前に対応できれば、企業が被る金銭的・信用的損害を最小限に食い止めることが可能です。

強力な不正抑止効果

「私たちのコミュニケーションは、会社のルールに則って適切にモニタリングされている」という事実が社内に周知されること自体が、従業員のコンプライアンス意識を高め、不正行為への強力な抑止力となります。これは、従業員を疑うための監視ではなく、ルールから逸脱しそうになる従業員を未然に防ぎ、結果として彼ら自身を守るための「見守り」として機能します。

リモートワーク環境下でのガバナンス強化

リモートワークの普及は、物理的な監督を困難にし、ガバナンスの「死角」を生み出しました。上司や同僚の目がない環境は、残念ながら不正の温床となり得ます。継続的なデジタルモニタリングは、場所を問わずに公平なガバナンスを維持し、内部通報や外部監査を待たずに能動的にリスクを発見する「自浄作用」を発揮するための有効な手段です。

とはいえ、全従業員の膨大なメールを人手で常時モニタリングすることは現実的ではありません。ここで再び鍵となるのがAI技術です。AIを活用したメールレビューツールは、過去の不正事例などを学習したAIが、24時間365日、膨大なコミュニケーションデータの中から不正リスクの高いものを自動で検出し、担当者に通知します。これにより、担当者はごく一部のハイリスクなデータを確認するだけで済むため、最小限の工数で、網羅的かつ効率的な不正予防体制を構築できるのです。

事後対応に大きなコストと労力を費やす前に、平時からテクノロジーを賢く活用して不正の芽を摘み、クリーンな企業文化を育むこと。その前向きな取り組みが、これからの企業コンプライアンスの鍵を握っていると言えるでしょう。

まとめ

企業でひとたび不正が発覚すれば、デジタルフォレンジックによる厳格な調査が行われ、「削除したはず」のメールなどが決定的な証拠となり得ます。その社会的・経済的ダメージは計り知れません。重要なのは、事が起きてからの「事後対応」ではなく、平時から不正の「兆候」を捉える「予防」へのシフトです。AIを活用した継続的なメールレビューは、不正の早期発見と抑止を可能にし、リモートワーク時代の新たなガバナンス体制の要となります。リスクから目を背けるのではなく、積極的に向き合うことこそが、未来の企業と従業員を守る最も確実な道筋と言えるでしょう。

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